インコ編集長のスクラップブック

TAKAGI TAIKICHIRO

Born in 1975 >> From Hyogo >> Live @ Shinjuku,Tokyo (σ'-')σ Visual director,Editor,…etc.

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Thursday, March 21, 2013 at 10:33 pm

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家族写真 2013-03-21

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Saturday, November 26, 2011 at 11:54 am
チャガシラハネナガインコの水浴びとそれを待つコザクラインコ

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Wednesday, November 23, 2011 at 5:01 pm

ぶっちゃけ大変でした〜20代、わたしの仕事〜 立川談笑

立川談笑 プロフィール
1965年生まれ。東京都出身。早稲田大学法学部卒。大学卒業後、予備校講師などを経て1992年、立川談志に入門。1996年二つ目、2005年真打昇進。

あたしは一年浪人したんですが、浪人生のときから予備校に行かないでバイトをしてたんですよ。宅浪じゃなくてバイト浪ですね。そのときやったのがデパートの商品管理。その流れで運送屋さんに移って、ベッド専門だったり引っ越し屋さんだったり、っていうのをやりながら勉強して、で、その翌年早稲田大学の法学部に入学したんです。

大学ではね、司法試験受験サークルに入って、ひたすら法律を学んでましたよ。入る前から困った人を助けるだとか、自分が信じる正義を実現できるような仕事がしたくて、行く行くは法律家になろうという風に思ってましたね。

入学してからもバイトはたくさんやりましたよ。3つ4つ平気で掛け持ちしてました。警備員・お肉屋さん・魚屋さん・家庭教師、ウェイターなんかやりました ねぇ。一番長かったのは予備校の先生。お掃除のバイトも多かったですね。ホテルの厨房とか、自分の通ってる大学の掃除のバイトです。

そんなにバイトばっかりしてたのは経済的な理由からではなくて、一つ上のアニキがですね、新聞奨学生だったんですよ。 アニキは自分でちゃんとケツ拭いたのに、俺だけ親に甘えるわけに行かないなぁって。だから学費は自分で出そうということで、全額とは言いませんが、結構な 額を家計に入れてましたね。

バイトでは、いろんな人にいろんな話を聞いて、あれはとっても貴重な経験でした。自 分の大学の清掃は、一限目の出席が厳しい授業に出るためにやってたのですが、同級生がみんなビックリするんですよね。それで、掃除の仕事だから仕事仲間に はお年寄りが多いんです。そのなかに、戦争当時、米兵の捕虜の世話をする係だったっていうおじいちゃんがいて、休み時間にこんな話をポツポツするんです。 その方は米兵がとっても悲惨な目に遭っててかわいそうだからって、上官の目を盗んでおにぎり差し入れしてあげたりしてたらしいんですね。ところが自分の兄 が南方で戦死したっていう報せをもらったときに、その米兵をメチャクチャに殴りまくったって言うんです。「どうしてそういう気持ちになったのか分からない けど、人を憎む気持ちっていうのはそういうものなのかもしれない…。それが悔やまれて仕方ないんだ」っていう話を、涙ポロポロ流しながらしてくれたりする んです。人間の弱さだったり、深さ、なのかなぁ。自分自身も信じられない人間という生き物の不思議さとか尊さみたいなものを教わった職場でしたね、あそこは。

それから思い出すのは、あたしは親に依存したくない、自立するのは大事だという気持ちが特に強かったときに家庭教師で 教えてた子がね、もう~甘えん坊なんですよ。中学三年生なのに、例えばお風呂から出てきたときは素っ裸で、「お母さ~ん、パンツ~、シャツ~」って言う と、お母さんが持ってくるぐらいなんです。そこで、「お前は今、自分のことすら何一つできてない状態だぞ。これから大人になって、だれのためになにをする んだ? どう社会に関わっていきたいのかというのをもっと積極的に考えなくちゃ駄目だ。ただ単にボンヤリと高校に行きたいと言うんじゃイカン」という話を 折に触れてするわけですよ。そしらたね、クスリが効き過ぎちゃって、クビになってしまったんです。というのは、その中学三年生なる男の子が、「先生、俺、 受験辞めた。大工になる」って言い出したんです。「一体なにお話したんですか?」って(笑)。さすがにちょっと考えちゃいましたけど、まあいろんなアルバ イトをしていくなかで得たものは大きかったですよ。

あたしはね、なんか自分の身の置き場がイマイチ見つからないというか、いつもね、ボーダーな感覚があったんです。早稲田大学法学部というところは裕福なお宅の師弟が非常に多いんですよね。みんなガキの頃からピアノやってたりなんかして、あたしのとこみたいに父親が鉄骨の高いところに登ってボルト締めてるような家はほとんどないんです。だからなのかなぁ、アルバイトを選択するときに、予備校の先生みたいな綺麗な仕事と同 時に、一方では警備員だとか水の冷たい魚屋さんだとか掃除だとかっていう仕事をやっていたんです。エリートの皆さんに対する反発心なのか、それとも今のう ちに地べたを這いずり回っておきたいっていうのがなんとなくどこかにあったんですかねぇ。

司法試験は大学をやっと六年生で卒業して予備校の講師をしながら一度受けましたが、駄目だったんですね。で、駄目でも成績表が返ってくるんですよ。自分なりにその一年は、今後もこのぐらいの勉強量はやるだろうというぐらいの覚悟でやった一年間だったんですが、この調子だったらよっぽどのまぐれでもない限りあと二三年で受かるというのはないな、と実感したんです。当時、大学の読書室っていうところが勉強部屋みたいになってて、4階の読書室、通称“4読”と言ってたところはこの人たちはそこで生活してんのか、みたいな長期受験者の吹きだまりみたいになってたんです。40才を過ぎて、極端な話50近くなっても、いったん手をつけたんだからって引っ込みが付かなくなっちゃってる人達がいっぱいいたんですね。それを見てると、今やっておくこととか覗いておく世界があるんじゃないかなと思って、司法試験を一度辞めたんです。それで半年ぐらいあちこち足を運んで芝居を見たりだとか、本読んだり、自分の興味のありそうな商売はなにかな、ってやってたところで見つけたのが落語だったんですね。
親は悲しみはしたけど、反対ではなかったですね。落語家になるって切り出したときおふくろがサッと目を拭ってるのを見て、「ああ悪いことをしたなぁ」と思う反面、ちょっとほっとしたりして、そのときの気持ちっていうのはないまぜな感じでしたねぇ。司法試験くずれみたいな自分自身に対する負のイメージと、全く新しい世界に行こうとする期待もあり、でも、周囲の期待を裏切った後ろめたさもやはりあるし…。あたしの親戚なんかぐるっと見渡しても、みんな職人ばっかりでまずサラリーマンがいないんですよ。そんななか、早稲田の法学部に行って、もうしばらく待ってれば弁護士か検察官になるって言ってるすごいエリートだって思ってたのが、いきなり落語家になるって言っちゃったから、親戚中“万歳無しよで総崩れ”だよね。うちのポイントゲッターが~って(笑)。

それで、立川流への入門はすんなりいったんです。ただ入門してからやることというのは、いわゆる前座修行というもので、まず収入はない。うちの師匠は、落語50席覚えればすぐにでも二つ目にすると言ってたんです。二つ目というのは一人前のことですね。そんなの司法試験では日本国憲法全部暗記したりなんかするわけだから、それにくらべたら落語50席覚えるのはあたしにとってはちょろいもんなんです。実際に古典落語50席、半年で覚えちゃったんですよ。ところがあたしが入ったときには基準が違ってて、太鼓とか寄席の鳴り物といい、あと、小唄・端唄・都々逸といった歌。さらに、日本舞踊に講釈をちょっとって、なんか科目が増えてるわけですよ。
あたしが入った段階で、あたしの上に前座が7人いまして、その兄弟子の皆さんというのは前座生活を七年とか八年とかやってるんですよ。まあ、いわばくすぶって澱んでる状態なわけで、あとから入ってきた目下のものというのは、自分の憤懣やるかたない気持ちのはけ口として使うわけで、いびりの対象でしかないんです。もうね、人間ってこんなに嫌になれるんだ、こうなっちゃ嫌だなっていう嫌悪感。そのとき書いた日記は、「みんなここで腐ってしまった。自分だけは腐ってはいけない。このままここで埋もれていると、彼らと同じようになる。早くやることをやって、ここから出よう」と。あの時期が一番辛かったですね。
それであたしはうちの師匠が100点満点持ってこいって言うのの500点ぐらい持ってこうと思って、また必死に受験勉強みたいな生活でしたね。それで、実質二年かかんないぐらいでOKをもらえて、二つ目昇進はちょうど30になるかならないかのときでした。

あたしの20代の人へのアドバイスとしては、年の離れたお友達をつくることですね。そういう人達がどういう風に生きてきたのか。どんな風に失敗したのか。その失敗をどう取り返したのか、どう取り返せなかったのか、どう悔いてるのか。それを聴くことが人間の幅を拡げると思いますね。20代も半ばを過ぎると、「ああ、もう俺も歳だ、定職に就かないと」っていうような感覚になるかもしれないけど、でも大丈夫ですよ、なんとかなりますよ。勇気を持って楽しい世界に飛び込んで欲しいと思いますね。

NHK『週刊!ハタラキング』2008年6月3日掲載

Saturday, July 9, 2011 at 8:45 pm

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